『基礎英語の教え方』まえがき

投稿日 2013年12月22日

ユズルの『基礎英語の教え方』が2014年そうそうに松柏社から出ます。2月23日の日曜日には東京で出版記念のイベントが計画中です。ご参考までに「まえがき」をごらんにいれます。

あなたの人生のうちで最高のことを3つあげてくださいといわれて, ひとつはわたしの通訳をほめられたことだった。 アレクサンダー・テクニーク・インターナショナル(ATI)代表のジェニファー・ミゼンコさんはまるで仏陀がとなりに座って通訳してくれてるみたいだったと言った。 サイコシンセシスの世界的権威ピエロ・フェルッチ先生は, “For Yuzuru, a great Zen translator,”と書いて著書をくださった。 彼はオルダス・ハクスリーのUCサンタバーバラ校における連続講演『人間の状況』の編集者としても知られている。 また, めがねなしの視力回復の日本でのワークショップは参加者がとてもよく理解しているので, これはユズルの『アイ・ボディ』(誠信書房, 2008年)の翻訳がよかったからにちがいないとピーター・グルンワルドさんはいつも言っている。 わたしはいわゆる翻訳をしたのではなくて, 彼らがいっていることのなかみ, その指し示すことがらをを, わたしのことばで説明しただけだった。
これはオグデンとリチャーズの『意味の意味』にある「意味の三角形」から学んだことだった。 ことばの意味は, それが指し示す指示物にあるということだ。 わたしは満州事変の年に生まれ, 日中戦争のはじまった年に小学校に入り, 太平洋で日本軍が負けはじめた年に中学校に入った。事実をはっきり見させないための, もやもやのことばのなかでわたしたちは育てられた。 勝ち目のない戦争が長びいてきたとき, 軍事教練の教官は「この戦争は勝つと思うか, 負けると思うか?」ときいた。 答えは二つに一つしかないが, だれも勝つとは思えず, しかし負けるといったら殴られるに決まっている。 「勝たねばならないと思います」という答えが教官をよろこばせた。 論理的な質問の顔をしながら, じつは論理を求めていない。 このすりかえは親や教師がしばしばやることだ。 「いいと思っているのか?]は Yes-No question ではなくて, 「おまえは悪い」と非難している。 「何をしているのだ?」 は質問ではなくて, 「していることをやめろ」という命令だ。 戦争が終わり, 大学へ行くようになると, いわゆる「ことばの魔術」によってわたしたちは操られ, 戦争へ向かわされたということがわかってきた。 そうならないためには明快な「報告の言語」を使わねばならないと思った。
もうひとつ言語をわかりにくくしていたものに, 「歴史的仮名遣ひ」 と多くの難しい漢字があった。 この問題は戦後の当用漢字による制限と,現代仮名遣いの制定により, 非常にらくになった。 これら表記法の改革も, 憲法と同様にアメリカによる押し付けだというひとたちがいるが, じつは戦争中からすでに文部省自身が日本語表記の現状を憂い, 改革の方向を探っていた。 表記法の改革により読み書きが容易になり知識の伝達がひろまったことが, 戦後の日本の経済的発展を支えたことはまちがいない。 わたし自身としては, 漢字はもっとへらすことが可能であるし,それにともなって日本語がもっとわかりやすくなってほしい。 その過程として, 本書での表記はそのときどきの揺れをそのままにしておいた。
わたしの父は英語教師であった。 わたしが小学校に入ったときに英語の教科書を読ませようとしたが, “This is a book,”の/th/の音など, へんな音を出すと, 自分が自分でなくなるような気がして抵抗したので,彼はあきらめた。 中学校に入ったときにまた彼は試みたが, 今度はわたしは抵抗しなかった。 彼は教科書をくりかえし, くりかえし音読させた。いつのまにかわたしはテキストをすみからすみまで暗記してしまっていた。 すると英作文はテキストの一部を置き換えれば出来てしまったし, 文法をならえば, その例文はあのレッスンの, あのセンテンスが思い出された。
父は英国のスタンボロ・カレッジを出ていたが, 日本での学歴がなかったので, 教員免許がもらえず, 普通の中学・高等学校では正式に教えることができなかった。 英文学を講義しても, 英語がしゃべれない教授たちを軽蔑していた。 斎藤秀三郎を尊敬して, 「英語は前置詞だ」といっていた。 正即英語学校で教えることができたのを誇りにしていた。 彼の受験英語のクラスは超満員で, 廊下の窓からもも首を出して聞いているひとがいたとか自慢していた。 わたしの高等学校受験が近づくと当然のことながら彼は受験英語を教えようとして, 当時定番の「村井・メドレー」の問題集をもちだした。 そこには( )のなかに関係代名詞を入れる問題があり, 物のあとにはwhich, 人間のあとにはwhoを入れればよいに決まっているとわたしは思った。 ところがそうはいかなくて, anythingとか, anybodyのように, anyがきたら, thatにならなくてはいけないのだった。これは卑怯ではないか! この落とし穴にわたしは怒った。 のちになってベーシック・イングリッシュでは, thatは関係代名詞としては使わないというルールがあることを知った。 落とし穴がここにもあります, あそこにもあります, ということを教えることで受験英語という大きな産業が成り立っている! それよりは, 落とし穴など気にしないで安全確実に歩ける道を示す地図として, ベーシック・イングリッシュにわたしは賭けた。
そのつもりになれば知識はだれの手にも入るようになっていてほしい,というのがベーシック・イングリッシュをはじめたひとたちのねがいであった。 しかしわたしたちは世界は落とし穴だらけだと思い込み, 学習とは落とし穴の存在を認知することだと思い込み, “Royal Road”の存在に気づきにくい。 このようなメタ認知は変わってほしい。 しかしメタ認知が変わるためには, 実際に道を歩いて安全確実を体感してもらうよりほかはない。 というわけで本書の配列は, 鳥の目のように高いところから見はじめて, リチャーズ意味論の読み解きを経て, 教室で教材のページを虫のように一歩一歩あるきまわることに, つきあっていただきます。さらに詳しくは, 片桐ユズル・吉沢郁生共編『GDM英語教授法の理論と実際』(松柏社, 1999年)をごらんください。
本書の文章のほとんどはGDM英語教授法研究会/日本ベーシック・イングリッシュ協会の年間論文集に出たものであり, いくつかは京都精華大学の研究紀要に発表された。 実践と発表の場をいただいたことに感謝しています。 最後にならんでいる英文は全部ベーシックで書いたものです。 第5-8章は『メディアとしてのベーシック・イングリッシュ』(1996年)に再録されたものです。 転載を快諾してくださった京都修学社の三宮庄二さんに感謝いたします。 なお第9-11章のリチャーズ意味論の読み解きは同社発行の『見てわかる意味論の基礎とBASIC English』(2002年)の『意味の意味』の絵解きとあわせて完結するものです。
Language Through Pictures Seriesからの転載についてはIBCパブリッシングからの許可をいただきましたことを感謝いたします。 わがままな本を出してくださった松柏社社長の森信久さん, 編集の里見時子さん, お手数おかけしました。 ほんとうにありがとうございます。

2013年6月22日夏至と満月のあいだ 片桐ユズル



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