場面をあらわすセンテンスと場面をひらくセンテンス

投稿日 2013年2月28日

 GDMには人をおどろかせるような目新しい術語はあまりない。そのためにかえって理論的根拠が弱いのではないかと疑われることがあるのかもしれない。これはたぶんリチャーズのイギリス的経験主義から来たのだろう。わたしたちにとってなじみぶかい”SEN-SIT”は,数少ない特別な用語のひとつだ。それをあなたはどのように説明するだろうか?

 なにかセンテンス(SEN)を言わせるために場面(SIT)がある。たとえばテーブルのうえにボウシがおいてあれば,”That is a hat. It is on that table.” というようなセンテンスが予想される。Question-and-Answer にたよるのでもなく,pattern drill の置き換えにたよるのでもなく,学習者が「自主的に」発言するようなキッカケとしてGDMでは場面を作ることをしてきた。どのようにしたら学習者が迷わずに target sentence を言えるような clearな場面設定をするかに,わたしたちは知恵をしぼってきた。

 リチャーズは流行をきそう学者たちとは異なって,自分の発見を新しい名前で呼んだりしないので,つい読みすごしてしまうかもしれない。わたしは今回『GDMの理論と実際』の理論編を書くためにSEN-SITの定義をさがしているうちに,はてなとおもう文章に出会った。

 …言語を現実に噛みあわせるために必要なことは,意味の理論を注意ぶかく応用することだ。センテンスは言語学習において単位となるべきものだが,センテンスは,それが使われる場面から意味を取る。はじめにセンテンスは,それが発せられた場面によって運ばれる,あるいはその場面に乗っている。場面はセンテンスの「乗り物」 vehicle である。これは言語の「消極的」用法だ。のちに,「積極的」用法においては,センテンスが場面を運ぶことができる。…

 言語を教えるための設計の技術は SEN/SITs と SIT/SENs の順番を組み合わせて,「積極的」用法が「消極的」用法につづくようにする。できるだけ絶え間なく,確かに,「識別がはっきりするように」配列するのだ。

–from I.A. Richards, Design for Escape (New York: Harcourt, Brace and World, Inc., 1968), pp.12 and 13.

ふつうの考えでは,場面の上にセンテンスがのっている: sen/sit

しかし,センテンスが場面を運ぶ,作る,変えるとしたら: sit/sen

たとえば,前の時間に TAKE を習っていたとして,situation としては,テーブルの上にボウシが置いてあるなら…

A hat is on the table. sen/sit

しかし生徒がのこのこ出ていって,”I will take the hat off the table” と言ったとしたら,その sentence にもとづいて situation が変わる: sit/sen

 1999年3月27日名古屋での中級セミナーでわたしは “An orange is on the table. Cookies are on the plate. Cups are on the table. Hot water is in the pot. Pictures are on the board. A frame is on the table.”というような situations をつくり,あとの動作は生徒自身が決めて “I will go to the board and I will take that picture of a man and a woman off the board. And I will put the picture in the frame.” “I will go to the table, and I will take a cup off the table. And I will put hot water in the cup.”などと言うようにもっていった。自分の意志で状況を変えるのだということを確認する意味で絵を取る直前に黒板に “I will take this picture of a man and a woman off the board.”と書いてもらったりもした。

 はからずも,その前日に石井恵子さんは my, your, his, her の復習をするような顔をして “That is your book.” “Yes, it is my book.”その本をクラスに見せて”That is his book.” そしらぬ顔で,その本をテーブルに置く。こんどはだれかの bag をさすと “This is my bag.” “This is her bag.”と言いながらテーブルに置いてしまう。先生がTAKEの導入をしたあとで,とても自然に自分の本や bag をとりもどすために”I will take my book off the table.” “I will take my bag off the table.”を言ってしまうのだった。先生が TAKE する situation をsentence で記述したあとで,こんどは「積極的に」自分の sentence が新しい situation を作っていくのだった。

And God said, Let there be light: and there was light.
神は「光あれ」と言われた。すると光があった。(創世記)

(GDM News Bulletin, No. 51 (1999))