首根っ子を押さえ込む,という言い方があるが,ほんとうにここは急所である。
ところがじつに多くのひとは,自分自身で自分の首根っ子をおさえつけて,自分の身動きをとれなくしてしまっている。たとえばなにかこわいことがあって首をすくめたとして,その危険が去ったあとでも,そのままのかっこうが癖になってしまっていたりする。我々はこういったストレスの後遺症のつみかさねである。
要するに首が「ネック」になって,頭の命令がとどきにくいし,体からの情報が頭に入りにくい。この首根っ子解放することで,人間という有機体を進化の方向にそって大きく進めることができるということを発見し,実践したF. M. アレクサンダ−というひとがいた。彼は舞台俳優であったが,致命的なことに声が出なくなり,医者からも見はなされた。自分の発声のしかたに問題があるとにらんで彼は,鏡をつかって,発声の瞬間を徹底的にいらべた結果,首をすくめる癖に気づいた。これが「アレクサンダー・テクニーク」のはじまりである。
首の再教育のおかげで,オルダス・ハクスリーは不眠と憂うつ症がなおり,歩けなかった八十歳のバーナード・ショーは歩けるようになり以後十五年間生きた。しかしジョン・デューイもそのレッスンを受けアレクサンダー的心身統合訓練を,彼の進歩主義教育をささえる柱として考えていたことは,ほとんど知られていない。
<視点> 毎日新聞 1987年3月24日